リモートでの異論・懸念表明の難しさ:あるエンジニアの小さな実践談
リモートワークが普及し、働き方が多様化する中で、チームとの連携におけるコミュニケーションは常に重要な課題です。特に、チームの方向性や意思決定に対して、自分の持つ異論や懸念を率直に伝えることに難しさを感じているエンジニアは少なくありません。対面であれば察知できた雰囲気や、ちょっとした雑談の中で織り交ぜられた意見交換が、リモート環境では失われがちです。
本記事では、リモートワーク環境でチームの意見に異なる視点や懸念を伝えることへの抵抗を感じていた一人のエンジニアの体験談と、そこから見出した具体的な乗り越え方をご紹介します。
リモートワークにおける「異論・懸念表明」の壁
リモートワークでは、主にテキストベースのコミュニケーションやオンライン会議が中心となります。この非同期性や非言語情報の少なさが、意見を表明する際の心理的なハードルとなることがあります。
- 空気を読みづらい: 対面会議のような場の雰囲気や他のメンバーの表情を読み取るのが難しく、「今、この場でこの意見を言うべきか」という判断が難しくなります。
- 発言のタイミング: オンライン会議では発言が被るのを避けたり、ミュートを解除する一瞬の躊躇が発言機会を逃すことにつながります。テキストでは、自分の意見が他の活発な議論の流れを止めてしまうのではないか、という懸念が生じます。
- 意見の真意が伝わりにくい: 異論や懸念は、伝え方によっては批判と受け取られかねません。テキストだけではニュアンスが伝わりにくく、誤解を生むリスクを考えて発言を躊躇することがあります。
- 孤立感: 自分の意見が少数派だった場合、対面であればその後のフォローや関係性の修復が自然に行われやすいですが、リモートではそのまま孤立したような感覚を抱きやすくなることがあります。
これらの要因が重なり、「波風を立てたくない」「どうせ言っても変わらない」「面倒な人だと思われたくない」といった心理が働き、結果としてチームにとって重要な視点や潜在的なリスクが共有されないまま、意思決定が進んでしまうことがあります。これは個人の心理的安全性だけでなく、チーム全体のパフォーマンスやプロダクトの品質にも影響を及ぼしうる問題です。
あるエンジニアの体験談:言えなかった懸念が招いた小さな失敗
ソフトウェアエンジニアとして数年経験を積んだAさんは、リモートワークになってから、チームの意思決定に対する自分の意見を伝えるのが難しくなったと感じていました。
ある時、担当している機能の改修方針についてチームで議論が行われました。設計案は提示され、多くのメンバーは賛成のようでした。しかし、Aさんはその設計が将来的に特定の技術的負債を生む可能性がある、という懸念を持っていました。
会議では他のメンバーの活発な意見交換があり、Aさんは「この場で水を差すべきではないかもしれない」「自分の懸念は大したことではないかもしれない」と考え、発言をためらってしまいました。テキストチャットでも議論は続いていましたが、うまく言葉にまとめるのが億劫になり、結局、懸念を具体的に伝えることはありませんでした。
結果として、その設計で開発が進められました。数週間後、Aさんが懸念していた通りの問題が発生し、手戻りが発生してしまいました。幸い大きな問題には至りませんでしたが、Aさんは「あの時、勇気を出して伝えるべきだった」と深く反省しました。自分の小さな懸念であっても、チーム全体にとっては価値のある情報だった可能性がある。それを伝えなかったことで、チームに余計なコストをかけてしまった。この経験から、Aさんはリモート環境でも意見や懸念を適切に伝えることの重要性を痛感したのです。
異論・懸念を伝えるための「小さなアクション」
この経験を踏まえ、Aさんはリモートワークでの異論や懸念表明に対する意識を変え、いくつかの「小さなアクション」を試みることにしました。
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チャットで事前に、または並行して意見表明の意図を示す 会議中や会議の直後に、議論が進む前にチャットツールで「この点について懸念があります」「別の視点から検討したい点があります」といった簡潔なメッセージを送るようにしました。これにより、発言のハードルが下がり、他のメンバーも「Aさんが何か懸念を持っている」と認識できます。 例えば、議論中のスレッドに「〇〇の設計について、△△という観点から懸念があるのですが、少し深掘りしても良いですか?」のように投稿します。
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会議中に「一旦立ち止まる」提案をする 議論が早いペースで進んでいる場合でも、「恐れ入ります、一旦よろしいでしょうか」と発言し、議論のペースを緩めてもらうよう試みました。その上で、「△△という点が気になっています」と具体的に懸念点を伝えます。完璧な解決策がなくても、まずは懸念を共有することに重点を置きました。
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代替案や解決策をセットで提示する意識を持つ 単に「反対です」と言うだけでなく、「〜という懸念があるため、代わりに〇〇のようなアプローチはいかがでしょうか」と、代替案や解決策のアイデアをセットで伝えるように努めました。これにより、建設的な意見交換につながりやすくなります。まだ代替案がまとまっていなくても、「懸念点はこれです。解決策はまだ考え中ですが、一緒に検討できませんか」とボールを投げることも有効です。
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非同期コミュニケーションを活用する 会議中に発言できなかったり、考えがまとまらなかったりした場合は、会議後に改めてチャットやドキュメントで自分の意見や懸念、そしてその理由を丁寧に記述して共有しました。時間をかけて整理した文章は、対面での咄嗟の発言よりも正確に意図を伝えられることがあります。これは特に非同期コミュニケーションが中心のリモートワークで効果を発揮します。
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心理的安全性の高いチーム文化を意識する 自分自身が異論を表明するだけでなく、他のメンバーが意見を言いやすい雰囲気を作ることも意識しました。他のメンバーからの懸念表明に対しては、「なるほど、その視点は重要ですね」といった肯定的な反応を示したり、「他に懸念がある方はいませんか?」と問いかけたりすることで、チーム全体の心理的安全性を高める一助となることを心がけました。
まとめ
リモートワーク環境で異論や懸念を表明することは、対面とは異なる難しさがあります。しかし、それはチームの意思決定の質を高め、手戻りを防ぎ、より良い成果を生み出すために非常に重要です。
もしあなたがリモートワークで意見を言うことに躊躇を感じているなら、まずは「チャットで懸念があることを匂わせる」「会議中に短いフレーズで議論に割って入る」「代替案とセットで提案する」「非同期で丁寧に伝える」「他のメンバーの意見表明をサポートする」といった、今回ご紹介したような「小さなアクション」から試してみてはいかがでしょうか。
これらの小さな一歩が、あなた自身の心理的安全性を高め、ひいてはチーム全体の心理的安全性を育むことにつながるはずです。リモートワークでも、それぞれのエンジニアが安心して声を上げられる環境を共に作っていくことが、より創造的で生産的なチームへと繋がっていくと考えます。