リモートワークでのフィードバック:伝える側・受け取る側の「ちょっとした勇気」と小さな実践談
リモートワークが定着し、多くのソフトウェアエンジニアが場所にとらわれずに働けるようになりました。その一方で、対面でのコミュニケーションが減ったことにより、チーム内の相互理解や信頼関係の構築に新たな課題が生じています。特に、建設的なフィードバックのやり取りは、チームの成長や個人のスキル向上に不可欠ですが、リモート環境では心理的なハードルを感じやすい側面があります。
リモート環境におけるフィードバックの難しさ
リモートワークにおけるフィードバックには、いくつかの難しさがあります。
- 非言語情報の不足: テキストベースのコミュニケーションでは、声のトーンや表情といった非言語情報が失われがちです。これにより、フィードバックの意図が正確に伝わりにくく、受け取り側が冷たい、あるいは攻撃的だと感じてしまうリスクがあります。
- タイムラグ: 非同期コミュニケーション(チャットなど)が中心の場合、返信に時間がかかることがあります。フィードバックを送った側は相手の反応が見えず不安を感じたり、受け取った側はすぐに反応できない状況でプレッシャーを感じたりすることがあります。
- フォーマルになりがち: ちょっとした懸念や改善提案でも、チャットやメールで送るとなると、対面での立ち話のような気軽さがなくなり、かしこまった形式になりやすい傾向があります。これにより、率直な意見交換が抑制されることがあります。
- 「言いにくい」「聞きにくい」心理: これらの要因が重なり、「角が立つのでは」「相手を傷つけてしまうのでは」といった不安からフィードバックをためらったり、逆に「否定されるのでは」「感情的に反応してしまうのでは」といった恐れからフィードバックを受け入れるのに抵抗を感じたりすることがあります。これは、心理的安全性が低い状態と言えます。心理的安全性とは、「チームの中で、自分の考えや気持ちを、誰に対してでも安心して発言できる」状態を指します。フィードバックのやり取りは、まさにこの心理的安全性のバロメーターの一つと言えるでしょう。
あるエンジニアのフィードバック体験談
ここで、リモートワークで働くあるエンジニアの体験談を紹介します。
体験談1:懸念を伝えられなかったケース
新しい機能開発において、コードレビューで仕様の小さな懸念点に気づいた時のことです。対面であれば「ここって、こういうケースだとどうなりますかね?ちょっと気になりました」と気軽に話しかけられたのですが、リモートのプルリクエストコメントで書くとなると、「こんな細かいことを指摘して、余計な作業を増やしてしまうのではないか」「もしかしたら自分の勘違いかもしれないし、自信がないな」といった考えが頭をよぎりました。コメント欄は他のメンバーも見ますし、言葉遣いもより慎重になります。結局、その時は明確なバグではないと考え、コメントすることを躊躇してしまいました。後になって、やはり懸念していた通りの挙動が発生し、手戻りが発生してしまいました。あの時、もっと気軽に、あるいは適切な方法で懸念を伝えられていれば、と後悔が残りました。
体験談2:フィードバックをポジティブに受け取れたケース
別の時の体験です。自分が担当したタスクについて、チームメンバーからSlackでフィードバックを受け取りました。「〇〇さんの実装、△△の点はとても分かりやすかったです!ありがとうございます。一点だけ、XXの処理について、もしYYのようにすると、後々zzというメリットもあるかもしれません。ご検討いただけますでしょうか?」という丁寧なメッセージでした。最初にポジティブな点を伝えてもらい、その後に具体的な改善提案が、あくまで「検討」という形で提示されていたため、全く嫌な気持ちにならず、むしろ「もっと良くするために考えてくれたんだな」と素直に受け止めることができました。すぐに意図を確認する返信をし、改善を進めることができました。この経験から、フィードバックの伝え方一つで、受け取り側の気持ちが全く変わることを実感しました。
リモートでのフィードバックの壁を越える小さなアクション
これらの体験を踏まえ、リモートワーク環境でより建設的なフィードバックを可能にするための、具体的な「小さなアクション」をいくつかご紹介します。
伝える側の小さなアクション
- フィードバックの目的を明確にする: 「〜をより良くするため」「〜のリスクを減らすため」など、何のためにフィードバックをするのか、ポジティブな目的を冒頭に伝えることで、受け取り側は攻撃されているのではなく、協力や支援を受けたと感じやすくなります。
- ポジティブな側面も添える: いきなり改善点から入るのではなく、まず良かった点や感謝している点を具体的に伝えます。これにより、相手は耳を傾けやすくなります。
- 具体的な行動や状況に焦点を当てる: 抽象的な評価ではなく、「〜という状況でのあなたの〜という発言/行動」のように、観察可能な事実に即したフィードバックを心がけます。
- 「〜したらどうなるか?」「〜という可能性は?」と問いかける形式にする: 断定的な表現を避け、相手に考えを促すような問いかけは、一方的な指摘ではなく対話のきっかけになります。特に懸念点を伝える際に有効です。
- 非同期コミュニケーションの場合は意図を丁寧に補足する: テキストだけでは伝わりにくいニュアンスや、なぜそのフィードバックをするのかの背景などを、少し長くなっても言葉にして添えます。
- 小さなことから始める: 会議の終わりに「〜さん、今日の資料準備ありがとうございました、とても助かりました」のような短い感謝やポジティブフィードバックを意識的に伝えてみることから始めます。
受け取る側の小さなアクション
- まず感謝の意を示す: 内容の良し悪しに関わらず、時間と労力をかけてフィードバックをしてくれたことに対し、「ありがとうございます」と伝えることから始めます。
- 内容を整理して確認する: 受け取ったフィードバックについて、「つまり、〜ということですね?」のように自分の言葉で要約したり、「〜についてもう少し詳しく教えていただけますか?」と質問したりすることで、誤解を防ぎ、理解を深めることができます。
- すぐに感情的に反応しない訓練: テキストでのフィードバックは時に冷たく感じられることがありますが、すぐに反論したり落ち込んだりせず、一度冷静に受け止める時間を持つように意識します。
- フィードバックを積極的に求める: チームメンバーやマネージャーに対し、「担当しているXXについて、何か改善できる点があればフィードバックをいただけますでしょうか?」のように、具体的にフィードバックを求めることで、自身の成長機会を増やし、チームとの連携を深めることができます。特に1on1などの機会を積極的に活用すると良いでしょう。
まとめ
リモートワーク環境でのフィードバックのやり取りは、対面とは異なる心理的な難しさを伴いますが、それを認識し、少しの「勇気」と具体的な「小さなアクション」を意識することで、より建設的なコミュニケーションが可能になります。伝える側は相手への配慮と目的意識を持ち、受け取る側は感謝と理解の姿勢を持つことが重要です。
フィードバックが活発に行われるチームは、お互いの強みを活かし、弱みを補完し合いながら成長していくことができます。これは心理的安全性が高いチームの特徴でもあります。今回ご紹介した小さな実践談やアクション例が、読者の皆様がリモートワーク環境で安心して働き、チームへの貢献感を高めるための一助となれば幸いです。