リモート安全体験談

リモートで「気になる点」に気づいたのに報告/提案をためらう心理:あるエンジニアの小さな実践談

Tags: リモートワーク, 心理的安全性, 報告・提案, コミュニケーション, チームワーク

はじめに

リモートワーク環境では、オフィスのように隣の席の同僚に気軽に「これってどうなってますか?」と声をかけたり、休憩スペースでふと気になったことを雑談の延長で質問したりする機会が減少します。このような変化は、日々の業務において「これはバグなのか、それとも想定された仕様なのか」「このプロセスはもっと効率化できるのではないか」といった、些細ながらも気になる点に気づいた際に、それをチームに報告したり、改善を提案したりすることをためらう心理に繋がることがあります。

特に、数年程度の経験を持つソフトウェアエンジニアの方々の中には、自身の知識や経験への確信がまだ十分でなかったり、チーム内での発言のハードルを感じていたりする方もいらっしゃるかもしれません。結果として、小さな疑問や改善の芽が摘み取られてしまったり、一人で抱え込んで無駄な時間を費やしてしまったりすることがあります。

この記事では、リモートワークで働くあるエンジニアが、どのようにしてこのような「気になる点」の報告や提案をためらう心理を乗り越え、小さなアクションを起こしたのか、その体験談とそこから得られる示唆をご紹介します。

「これ、本当に正しい状態だろうか?」気になる点に気づいても声を上げられなかった体験談

あるエンジニアのAさんは、リモートワークで開発業務に取り組んでいました。ある時、担当していた機能の開発中に、既存のコードやドキュメントに小さな違和感を覚えました。例えば、ドキュメントに記載されている仕様と、実際のシステムの挙動が微妙に異なる点や、過去の変更履歴から見ると不自然に思える実装箇所です。また、チームで利用している開発ツールの特定の操作フローが、どうにも非効率に感じられることもありました。

オフィス勤務であれば、すぐに近くの詳しい人に画面を見せながら「これってこうなってますけど、合ってますか?」「これって何でこうなってるんですか?」と気軽に質問したり、ランチの際などに「あのツール、ちょっと使いにくいですよね」と雑談で切り出したりできたかもしれません。しかし、リモートワークではそうはいきません。

Aさんはこれらの「気になる点」について、チームのチャットツールで報告したり、会議で議題として提案したりすることを躊躇しました。その背景には、いくつかの心理的な要因がありました。

まず、「これは自分の勘違いかもしれない」「大した問題ではないかもしれない」という不安です。まだ経験が浅いと感じていたAさんは、自分の指摘が間違っていて、チームメンバーの時間を無駄にしてしまうことを恐れました。また、チームメンバーは皆忙しそうに見えたため、「こんな些細なことで話しかけて良いのだろうか」「今は忙しいタイミングなのではないか」と気を遣ってしまいました。非同期コミュニケーションが中心のリモートワークでは、相手の状況を正確に把握しにくいため、このような遠慮が生じやすくなります。

さらに、「もし報告や提案が否定されたらどうしよう」という懸念もありました。過去に、意図がうまく伝わらずに自分の発言が軽く流されてしまったり、逆に深掘りされてうまく答えられなかったりした経験から、発言すること自体に心理的なハードルを感じていたのです。結果として、Aさんは多くの「気になる点」を心の中に留めてしまい、そのまま放置するか、自分で時間をかけて調べたり試したりして自己解決しようと努めました。しかし、自己解決には限界があり、モヤモヤした気持ちが残ったり、後から他の人が同じ問題に気づいて改めて対応が必要になったりすることもありました。

小さなアクションで心理的な壁を崩す:あるエンジニアの実践

Aさんは、この状況が続くと自分自身も働きにくく、チーム全体の品質や効率にも影響が出るのではないかと考えるようになりました。そこで、少しずつでも良いから、この心理的な壁を乗り越えるための「小さなアクション」を取ってみようと決意しました。

Aさんがまず試したのは、チャットツールでのコミュニケーションの仕方を変えることでした。これまでは完璧な情報を揃えてからでないと発言できないと感じていましたが、そうではなく、疑問が生まれた時点で「〇〇について少し確認させてください。△△という状況なのですが、これは□□という理解で合っていますか?もしよろしければ、教えていただけますと幸いです。」のように、まだ不確かな状態でも質問の形で投げかけてみることにしました。完璧な報告ではなく、あくまで「確認」や「質問」としてハードルを下げたのです。

また、特定のコードやドキュメントに対する疑問点については、プルリクエストのレビューコメントや、共有ドキュメントのコメント機能など、非同期でピンポイントに質問できる場所を活用しました。「この行の意図は何でしょうか?」「ここの記載が現状と異なるように見えるのですが、最新の情報はありますか?」といった具体的なコメントを残すことで、相手も都合の良いタイミングで確認・返信しやすくなります。

改善提案については、いきなり大々的に提案するのではなく、まずはチームの「ちょっとした相談」や「雑談」チャンネルで、「皆さんは〇〇についてどう感じていますか?」のように、ゆるやかに問いかけてみることから始めました。これにより、他のメンバーも同じように感じていたかどうかが分かり、共感や別の視点からの意見が集まることで、正式な提案の準備にも繋がります。

小さなアクションがもたらした変化

これらの小さなアクションを続けていくうちに、Aさんの周りには少しずつ変化が現れ始めました。

チャットで質問を投げかけると、想像していたよりもずっと早く、丁寧に返信がもらえることが多くなりました。他のメンバーもAさんの質問を歓迎しているように感じられました。「勘違いだったらどうしよう」という不安は完全に消えたわけではありませんが、間違っていても誰も責めない、むしろ疑問点を解消することを助けてくれるチームの雰囲気を感じられるようになりました。

プルリクエストやドキュメントへのコメントも有効でした。そこに疑問点を記載することで、レビュー担当者やドキュメントの作成者が意図を説明してくれたり、必要な修正を行ってくれたりしました。これにより、自身の理解が深まるだけでなく、チーム全体のコードやドキュメントの品質向上にも貢献できている実感を持つことができました。

ゆるやかな問いかけによって、他のメンバーが抱えていた課題や、自分にはなかった視点を知る機会も増えました。「〇〇について皆どう感じているか」という問いかけから、チームで共通の課題認識が生まれ、具体的な改善活動に繋がったケースもありました。

もちろん、中には返信に時間がかかったり、自分の意図がうまく伝わらずに改めて説明が必要になったりするケースもありました。しかし、そのような場合でも、試してみたこと自体が無駄ではなかったと感じられるようになりました。最も大きな変化は、Aさん自身の心理的なハードルが下がったことです。「気になる点」に気づいた際に、「どうせ言っても無駄だ」「言ったら面倒だ」と諦めるのではなく、「まずはチャットで聞いてみよう」「コメントを残してみよう」と、建設的な一歩を踏み出しやすくなったのです。これは、心理的安全性が少しずつ高まってきたことの表れと言えるでしょう。

まとめ:心理的安全性は小さな行動から育まれる

リモートワークにおける「気になる点」の報告や提案をためらう心理は、多くのエンジニアが経験することかもしれません。オフィスのような偶発的なコミュニケーションが少ないリモート環境では、意図的に、そして意識的に、情報を共有し、疑問を解消し、改善を提案するための行動を取る必要があります。

今回ご紹介したエンジニアの体験談は、完璧な報告書を作成したり、大勢の前で説得力のあるプレゼンテーションをしたりするような大きな一歩ではなく、チャットで簡単な質問をすることや、ドキュメントにコメントを残すこと、ゆるやかな問いかけをしてみるといった、誰でもすぐに試せる「小さなアクション」から心理的な壁を崩し始められることを示しています。

これらの小さな行動は、たとえその場ですぐに大きな変化が見られなくても、チーム内に「疑問を口にしても大丈夫」「提案を受け止めてもらえる」という安心感を少しずつ育んでいきます。そして、その積み重ねが、チーム全体の心理的安全性を高め、結果としてよりスムーズで効率的な、そして創造的なリモートワーク環境の実現に繋がっていくのです。

もし、あなたが今、リモートワークで「気になる点」に気づいているけれど、どう伝えれば良いか分からなかったり、ためらいを感じていたりするのであれば、まずはほんの小さな一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。あなたのその小さなアクションが、チームの心理的安全性を高める大きな力となるはずです。