リモート安全体験談

リモートワークで予期せぬタスクに「今は無理です」を言えない心理:あるエンジニアの小さな実践談

Tags: リモートワーク, 心理的安全性, タスク管理, コミュニケーション, 体験談

リモートワーク環境では、チャットツールやビデオ会議を通して、予期せぬタスクや急な依頼が舞い込むことが少なくありません。集中して作業している最中にメンションが飛んできたり、会議で「これもお願いできますか?」と追加のボールが投げられたりする場面は、多くのエンジニアが経験しているのではないでしょうか。

このような予期せぬタスクに対して、「今は他のタスクで手一杯なので難しいです」「〇〇が終わってからであれば対応可能です」と率直に伝えることに、心理的なハードルを感じるという声を耳にします。特にリモート環境では、相手の状況が見えづらく、自分の状況も伝えにくいため、依頼を断ることにためらいが生じやすいのかもしれません。

予期せぬタスクに「Yes」と言い続けたあるエンジニアの体験談

以前、私が関わったプロジェクトで、Aさんというエンジニアがいました。彼は非常に真面目で、チームに貢献したいという気持ちが強い方でした。リモートワークになってからも、チャットで飛んでくる仕様確認やちょっとした調査依頼、会議中の急な依頼など、あらゆるタスクに対して「はい、できます」とすぐに引き受けていました。

最初は「なんて頼りになるんだ」と周囲も思っていたのですが、しばらくするとAさんの様子がおかしくなってきました。本来担当していたはずの重要タスクの進捗が遅れ始め、ミーティング中に少し上の空に見えることも増えました。後から話を聞くと、安請け合いしてしまった予期せぬタスクに時間を取られ、自分のタスクが進まず、深夜や休日に作業する日が増えていたそうです。

なぜ断らなかったのかと尋ねると、Aさんはこう答えました。「リモートだと、今自分がどれだけ忙しいのかが伝わりにくいと思って。ここで断ったら、チームに貢献していない、協力的ではないと思われてしまうんじゃないか、と心配でした。それに、簡単な依頼に見えたから、すぐに終わるだろうと軽く考えてしまったり…」。

この話から、リモート環境における「予期せぬタスクへの対応」は、単なるタスク管理の問題だけでなく、個人の心理的な安全性に深く関わっていることが分かります。自分の状況を正直に伝え、「できません」「難しいです」と言うことが許されない、あるいは言いにくい雰囲気があると、個人は無理をしてしまい、結果として生産性の低下やバーンアウトにつながるリスクが高まります。これは、心理的安全性が低い状態と言えるでしょう。

「今は無理です」のハードルを下げる小さなアクション

Aさんの経験や、他のチームメンバーとの話し合いを経て、リモート環境で予期せぬタスクへの対応に心理的な安全性を確保するための「小さなアクション」をいくつか試みました。その中から、比較的取り組みやすく効果を感じられたものをいくつかご紹介します。

  1. 即答を避けて「考える時間」を取る:

    • 急な依頼を受けた際に、すぐに「はい、できます」と答えるのではなく、「ありがとうございます。現在のタスク状況を確認して、改めてご連絡します」「少し考える時間をいただけますか?」のように、一旦保留するワンクッションを置くようにしました。これにより、感情的に反応せず、客観的に自分の状況と依頼内容を比較検討する時間を作ることができます。
    • チャットであれば、「承知いたしました。状況を確認し、〇分後までにご連絡します」のように具体的な時間を示すと、相手にも丁寧な印象を与えつつ、考える時間を確保できます。
  2. 現在のタスク状況を具体的に共有する:

    • 予期せぬタスクの依頼があった際に、「今、〇〇の作業中で、△△の対応が控えています。□□までには対応できる見込みです」のように、現在の自分のタスクリストや進捗状況を具体的に伝える練習をしました。口頭やチャットだけでなく、もしチームでタスク管理ツールや共有ドキュメントを使っている場合は、そこに記載された内容を参照しながら説明すると、より客観性と説得力が増します。
    • 単に「忙しい」と言うのではなく、何にどれくらい時間を取られているかを具体的に示すことで、相手も状況を理解しやすくなります。
  3. 依頼内容の背景と優先度を確認する:

    • 依頼されたタスクが、どのような背景や目的で行われるのか、現在の他のタスクと比較してどれくらいの緊急度・重要度があるのかを必ず確認するようにしました。「このタスクは、なぜ今すぐ必要なのでしょうか?」「このタスクの完了は、いつ頃が希望でしょうか?」のように質問を投げかけます。
    • これにより、依頼の真の目的や、必ずしも自分が対応する必要がない可能性、あるいは期日の調整が可能かなどを探ることができます。無条件に引き受けるのではなく、タスクの性質を理解した上で判断するための重要なステップです。
  4. 代替案や協力を提案する:

    • もし依頼されたタスク全体を引き受けるのが難しい場合でも、「すべてを対応するのは難しいですが、〇〇の部分であれば協力できます」「△△さんの方が詳しいかもしれません、声をかけてみましょうか?」のように、代替案や他の担当者への引き継ぎを提案するようにしました。
    • これは、「私は協力する意思はあるが、現状では難しいため、別の方法を模索しましょう」という建設的な姿勢を示すことになり、単に「できません」と断るよりも協力的な印象を与えることができます。

これらの「小さなアクション」は、どれもすぐに実行できるような些細なことですが、繰り返し行うことで「自分の状況を正直に伝えても大丈夫だ」という安心感につながり、予期せぬタスクへの向き合い方が徐々に変わっていきました。

小さな一歩が心理的安全性を育む

予期せぬタスクに「今は無理です」と正直に伝えることは、決して非協力的であることと同義ではありません。むしろ、自分のキャパシティを正しく認識し、それをチームに適切に共有することで、チーム全体のタスク配分やスケジュール調整がより現実的に行えるようになります。

Aさんも、これらの小さなアクションを実践するにつれて、急な依頼に対して無理なく対応できるようになり、本来のタスクに集中する時間も確保できるようになりました。また、自分の状況を率直に伝えることで、チームメンバーからの理解も深まり、以前よりも安心して業務に取り組めるようになったと話していました。

リモートワーク環境で予期せぬタスクへの対応に難しさを感じている方がいれば、まずは「即答しない」という小さな一歩から試してみてはいかがでしょうか。あなたの小さな一歩が、あなた自身の、そしてチーム全体の心理的安全性を高めるきっかけとなるかもしれません。